ライブドア事件を担当した、金融庁キャリア官僚の経済事件録

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本記事は、大鹿靖明氏の著書『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています。 (画像=PIXTA)佐々木清隆(ささききよたか)は霞が関の官庁街では、ちょっと知られた存在だった。ジムで鍛えて胸板が厚く、肌は赤銅色に焼けている。シャツは派手なストライプ柄か、カラフルなものを着こなし、ピンクやパープルのネクタイを締める。頭髪は短く刈り込んだうえ、頭頂部だけ厚みを持たせた独特のスタイルである。地味な安物スーツに身を包み、服装に無頓着な男子が多い霞が関にあって、そのいでたちには明らかに主張がある。見た目はルパン三世か、それとも銭形警部か。中年男性ファッション誌「レオン」の表紙を飾るイタリア人タレント、パンツェッタ・ジローラモのようにも見え、ついた渾名(あだな)は「ジローラモ」である。「『ちょいワルおやじ』って、ずいぶんからかわれましたよ。でも、私が着ているのは、別にブランド品じゃないですよ。安物ですから」。そんな渾名がつくことを、さして嫌がる風でもない。黒衣(くろご)に徹して目立つのを嫌う官僚の世界では、異色なのである。その彼は、歩んだ官僚人生も異色だった。東大法学部を卒業し、1983年に大蔵省に入省。経済協力開発機構(OECD)に二度出向してパリ生活を堪能し、国際通貨基金(IMF)に派遣されてワシントンでも働いた。海外生活は約10年。ここまでなら

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